ノーカムの上り

QKさんからの質問

これまでは2カムのカムセイルを使っていたのですが、最近ノーカムセイルに買い換えました。ジャストやオーバーの風では大満足なのですが、アンダーのコンディションでの上りで悩んでいます。以前のカムセイルではアンダーでも難なく上れたのに、ノーカムだとどうにも上りにくいのです。ノーカムはやはりその程度の性能なのでしょうか。それとも何か原因があるのでしょうか。

Aここでいうアンダーとはノンプレーニングではなく、アンダーだけどプアレーニングできることを前提として話を進めます。その前にまず、上りにおけるセイルの特性について確認。そのためには、上り(クローズ)と下り(限りなくランニングに近い走り)を比べるとわかりやすいでしょう。

下りの走りでは「セイルに風を溜め」ます。(極端に言うなら)パラシュートのようにセイルを深く設定し、その深さを利用して風を受け止め、その受け止めた(溜めた)風に押してもらって走る。ランニングに近く「深く」プレーニングして下るとき(クォーターくらいの「浅い下り」ではそれは必ずしも正しく無い)は特にその傾向が強くなります。対して上りは、(風の吹いてくる風上に走るため)吹いている風に対して「切り込むように」走ることになります。その際、風を溜めたら風下へと押しやられて(下って)しまうので、風を溜めるのではなくて「風を流す」。

この「風を溜める」と「風を流す」は相反するとも言えます。それをセイルのチューニングで言うなら、風を溜めるのはセイルを「深く」、風を流すにはセイルを「浅く」のチューニングという違い。

ノーカムセイルはRAF(ローテイト・アシンメトリカル・フォイル)セイルと言われるように、セイルに風を受けてセイルが膨らみ、それによってスリーブがマストを中心に回転し、そうして初めて設定のドラフトフォイルが形作られます。対してカムセイルはカムというパーツを使うことで多少の風速変化や走る向きの違いでも型崩れを起こさないように、このローテイトを最初から強制的に作り出しています。

カムとバテンが強制的に正しいドラフト(セイルの深さ)を作るカムセイルに対して、ノーカムは、風を受けてスリーブがローテイトして初めてそのドラフトが形成されるため、特にセッティングを終えて浜で横たえた状態での正しいチューニングの見極めが難しいと言えます。ノーカムは浜で横たえて見たとき、大抵はドラフトが浅く見えるため、必要以上にアウトを緩め、ドラフトを深くセットしまいがちになる傾向もあります。

今のノーカムは「カムセイルに匹敵する性能を持つ」と評価されます。それは正しい評価ですが、あくまで同程度であって全く同じというわけではありません。もし本当にノーカムがカムセイルと同じ性能であるならカムの存在意義はないのだからそれは当たり前。それでもなおノーカムの性能をカムセイルに匹敵させるには、上記したようなノーカムとカムセイルの違いを理解し、ノーカムだからこそのデメリットをどうやってカバーするか、が大切。

風上へと上り、そこから深く風下へと下るコースを周回する競技であるアップウインド。オリンピックや学生連盟、さらにはフォイルや、古くはフォーミュラとかレースボードなどの名称で行われている(行われていた)その競技では、風を溜めるためにセイルを深くセットするのと、風を流すためにセイルを浅くセットするという反する状況をカバーするためにアウトカニンガムというシステムを多用します。下りのコースではカニンガムでアウトテンションを緩めてセイルを深くし、上りのコースではアウトを引いてセイルを浅くする。アビームではその中間よりも少し上りに近く引いた状態。カニンガムを風の情弱に対してのチューニングアイテムと思っている人もいるかもしれませんが、このように「走る向き」にも活用されます。ちなみに個人的にはカニンガムを海上で多用し、わずかな風速変化だけでなく、アビームを走るか上るか、それとも下るかでも頻繁に調整しています。その調整具合はアバウトに、アビームよりも上りの方が1〜1.5センチ引き、クォーターくらいまでの下りならアビームと同じだけど、それよりも深く降るときは上りと比べて10センチくらい一気に緩めます。これはもちろんセイル個々によって異なる数値だし、風の強さと走る向きには無限大の組み合わせがあるので確定的な数値ではありませんが、そのくらい大胆に調節しているということ。

すでにアウトカニンガムを使っているなら別ですが、もし日常使用していないとしたら、是非とも使ってみましょう、そして風の強弱だけでなく、走る向きでも頻繁に調整してみる。最低でも1往復で1回くらいの頻度で調整を繰り返せば、このくらいの風速で、この向きに走るときは、このくらいのアウトテンションが調子良いというのがわかります。特に質問者の場合はアンダーの上りで悩んでいるのだから、そこに焦点を当てて、どのくらいにドラフトをセットすれば風に切れ込んで上りやすいか、を探り当ててみましょう。言うまでもなく、ただ浅くすれば良いというものでもありません。ノーカムのドラフトを必要以上に浅くしてしまうとローテイトが発動しにくくなり、風を受けてもセイルが「浅すぎ」になってしまうので、セイルをタイトにセットするにもその加減が重要です。

こうした理由も踏まえて、ノーカムが最もカムセイルに劣る場面は「上り」である、と言えるかもしれません。

同時に、技術的な部分も再構築してみましょう。カムセイルは風のリリースに長けるというその性能によって、多少セイルの引き込みが甘くても上ってくれます。でもノーカムで効率よく上るには、セイルの引き込みが的確であることが要件になります。なぜならノーカムは引き込みが甘いと、特に上りにおいて正しいドラフトが形成されないから。正しく引き込めていればドラフトが適正に膨らんでその性能を開花させますが、引き込みが甘いとドラフトは浅いままでスカスカして性能ダウン。これはアビームよりも、走りの中で最も繊細である上りにおいて明確に露見する部分でもあります。なので今一度セイルの引き込みを再確認することも、ノーカムでの上りを軽快にする課題になるでしょう。

ノーカムだからこそのチューニングを理解して実践し、ノーカムだからこそカムセイル以上に技術的に集中して走らせてやる。それができればノーカムはカムセイルに匹敵する性能を発揮してくれます。匹敵する性能をアビームで引き出すのは簡単だけど、上りで発揮するにはその何倍もの知識と技術が必要。カムセイルでは当たり前に上れる質問者であれば、こうしたノーカムだからこその案件を理解するだけで、ノーカムを上らせることもそれほど遠くない期間でクリアできると思います。