風を読む

QD.Yさんからの質問

なにかの記事で「風を視覚的にとらえる」という話がありました。急なブローでセイルを落としたり、風をとらえきれずにプレーニングできないことがよくあるので、風を読む力を養いたいと思いますが、どのような点に(場所や現象など)注意すれば養えるのでしょうか。

A「風を見る」とか「風を読む」というのはよく使われる言葉ですが、実際にそれをするのは簡単ではありません。そもそもビギナーなら「風って見えるのか?」と疑問に思う人さえいることでしょう。

風は見ることができます。今どんな風が吹いているかだけでなく、おおよそ何秒後に、何分後にどんな風に変化するのか相当に高い確立で見極めることもできます。その元になるのが「経験値」です。

もし「風が見えない、読めない」と諦めている人がいるとしたら、その人はきっと今後も「見えず、読めない」まま。私も含めて最初は誰もが見えも読めもしませんでした。それが理解できるようになったのは、「見続けた」ことによる結果にあります。ただし、ただ漠然と見てるだけではダメ。わからないまでも海面をざわつかせる風(風はさざ波を伴うので海面が少し黒く見えます)を目で追い「観察」し、同時に海面にいるセイラーを「観察」し、そして両者がどういう関係にあるかを観察から想像し、さらには実際の結果がどうなったかを重ね合わせて確認することが必要。そうすることで初めて経験値が高まります。

例えばオフショア。海岸から沖に向けてなんとなく黒い固まり(ブロー)が吹き抜けたとしましょう。その先にいるセイラーが、その黒い固まりの到着とともに前に飛ばされたとします。となると、今までよりも「強い風が」来たと想像できます。ただしそれだけではまだ半分。他の原因として「想定外に後ろから風が来た」ときも前に飛ばされることもあるからです。またブローでセイラーが潰されたとします。この場合も単に強い風が来ただけかもしれないし、もしかしたら向きが変化したのかもしれません。なぜなら突然「前から」風が来たときも潰されることがあるからです。こうした場合、前者は「ブロー=ガスティー」で後者は「シフト」が原因。言うまでもなくガスティーとは風の強弱の変化のことで、シフトとは風向変化のことですが、その両者が複雑に絡み合って風の変化となるのですから、片方だけでなく両者を睨みながらの判断力が必須。

こうした「ガスト」と「シフト」を、想像力を交えて観察します。その観察は、支度してる時、休憩してるときに行います。ただ漫然と支度や休憩の時を過ごすのではなく、神経過敏に海を見続けることに成長があると言えるのかもしれません。

これらの観察は、例えば逗子ならば、海岸から少し高くなった国道134号脇の歩道から、津久井浜なら駐車場から。できればそうして少し高い場所で行います。ビルの1階よりも2階、それより3階と、より高いところから観察した方が風の流れが俯瞰として見やすく、理解しやすいからです。

他にも、地形から風の想像を膨らませるというのもあります。例えば二つの山に囲まれた谷。ここにはよく川が流れていますが、そのような2つの高いものに囲まれたところは、谷に添って風が圧縮された形で流れます。そして谷が一気に開けた(川が海に到達したようなところ/例えば鎌倉のナメリ川河口など)では、圧縮された風が扇状に広がって拡散します。また大きなひとつの山の向こうから吹く風は、山に遮られ、山の左右を回り込むように吹いてきます。こうした地形的なことからの想像もまた、特にオフショアにおいては重要です。

そして最終的には、海上における目線の高さから得た平面的視覚情報を、高所から見た俯瞰図に落とし込む作業をセイリング中、耐えず頭の中で行います。平面的な絵(二次元)ではわからないことも、俯瞰図に落とし込むと(三次元)よりわかりやすくなるからです。それは低いところから海面を見るよりも、高いところから海面を見る方がわかりやすいのと一緒です。

例えば逗子湾のような入り口が狭まった湾に沖から吹く風の場合。風は湾の入り口で左右の岬に添う形で湾曲します。同時に岬の上から回り込み、上から吹き下ろす風も重なります。この場合、どちからかの風が交互に訪れるときは風のシフトとなり、双方の風が合わさった瞬間がブローとなると想像できます。このように想像力を働かせ、且つ観察眼によってその変化をおおよそ見ておいて、さらに実際にそこに行って体感することで、「想像」と「観察」と「実際」が、合っていたのか間違っていたのかが確認できます。試行錯誤の末にあるその積み重ねによって(それが経験値)、最終的に風が見える=読めるようになります。

ちなみにさらに成長すると、見るだけでなく「匂い」からも風の変化を感じ取ることができるようになります。それは根拠のない漠然とした表現ですが、たしかに匂いとして感じる時があるのです。それはたぶん「風は五感で感じられるもの」だからなのでしょう。