微風の上り

QT.Kさんからの質問

スラロームボード(i-Sonic133とフィン48cm)とノーカムセイル(LIBERTY LX SEVEN7.8)を使っているのですが、走れる距離が短いホームゲレンデで、他の人よりも上れずに風下キープになってしまいます。上ったつもりでも一度ジャイブするとはるか風下。周りを見るとカムセイルの人が多く、ノーカムは上りにくいのかとも思ってしまいますが、特に風が十分でない時の上りに関してアドバイスをお願いします。

A道具に関しては、133リッターに48センチのフィンの組み合わせにおいて上りにくいとは考えにくく思います。またセイルに関しても、カムセイルとノーカムセイルの上り角度が圧倒的に異なるということも無く思います。ゆえに質問者の上りに関する悩みは、質問者の技術力に由来すると思われます。

ひとくちに微風の上りと言っても、その状況は大きく3つに分類されるでしょう。ひとつはまったくプレーニングできない風が継続する本当の微風。2つ目は単発のブローがあって、運が良ければ短距離(200メーターほど)はプレーニングできるけど残りは走れない風。そして3つ目は、上手な人はプレーニングを継続して上れるけど、自分は下らせないと止まってしまうギリギリのアンダー。

ひとつ目の、根本的に走らない微風に関しては、ただひたすら上らせるしかありません。これはたぶん質問者もやっていることでしょう。

2つ目の単発的には走れるブローのあるコンディションに関しては、よくあるのがブローで走ろうとしてしまうこと。「走る」と「上る」という行為は、単発的なブロー=単発的なエネルギーしか供給されない状況にあって両立しません。だから走れば上れず、上れば走れずという状況になります。なので上りたい時は、わずかな(単発ブローの)エネルギーを上りのエネルギーとして使ってやる必要があります。走れそうな風の強さを感じても、走らせようとせず、必要な風上ポジションに上るために使ってやる。周りが走り出していてもそれを無視して「ジクジクと」ただひたすら上ってやるという行為です。そうして風上ポジションへと導いてから、そこから初めて風エネルギーを走ることに使います。もちろん走ることでポジションが風下へと移動してしまいますが、それを認識した上で、わずかな風のエネルギーを、上るか、もしくは走るか、に「明確に」使い分けてやるということです。

一番厄介なのは3つ目でしょう。なぜならここでは乗り手の技量が大きく影響するからです。

下の2枚の写真を見比べてください(古い写真で申し訳ありません)。同じ風の中、上はアビーム、下は上っています。

共に板とセイルの関係には、ほぼ違いはありません。板のデッキとセイルのフットの位置関係(ともにほぼ平行)であることからそれがわかると思います。それは「アフターレイキ」も、「セイルの引き込みアングル」も、双方「ほぼ」同じだということ。

ただし乗り手のフォームには大きな違いがあります。上のアビーム走行の場合、「前膝は伸び」、頭と両足(スタンス)の関係性としては、頭の位置が両足の中間もしくは後ろ足の上に近くある、すなわち軸が「後ろ寄りにある」のに対して、下のクローズフォームでは、「前膝が曲がり」、頭の位置すなわち「軸が前足寄りにある」という違いがわかるでしょうか。この違いが、クローズの善し悪しを決定する違いです。

2枚の写真を見比べながら、その違いを日々のセイリングの中で繰り返し試してみてください。意識的に大切なのは、上る時は「前膝を曲げ気味に」「顎を前肩に載せるようなつもりで、頭を前肩に寄せる」です。この2つが整ったなら、板はプレーニングしたまま上り始めます。その際、板のサイズやセイルのカムの有無はまったく関係なく、乗り手の重心軸位置と風の関係だけにおいて上ります。

ちなみに初期練習の方法として、後ろ足をストラップに入れず、スタンス狭く前足のすぐ後ろに置く、というのもあります。こうすることで前膝を曲げなくても重心が前足に近くできるから。ただし後ろ足がストラップに入っていないと板は完プレしてくれません。なので最終的には後ろ足をストラップに入れることが求められますが、ひとつの練習方法としてこれは効果的と思います。

さらに上級領域の話をするならば「前膝をいかに伸ばして上れるか」に練習課題が移ります。前膝は車で例えるなら前輪のサスペンション(前輪をささえるバネ)。膝が曲がっているということはサスペンションが弱い(柔らかい)ということで、海面のデコボコやブローの強弱を拾うことで前膝の曲がり具合が変わり、その変化に連動してノーズが風上を向いたり、ちょっと膝が伸びただけでノーズが風下を向くという具合に板の方向性が不安定になります。それを抑えノーズの向きを一定に保つには、出来る限り前膝を伸ばすことでサスペンションを硬く保つ必要があります。ゆえに上級者は、上り角度を限界に保ち、アンダーで走り続けながら、どうすれば前膝を伸ばすことでサスペンションを硬く保てるかに練習課題を移します。でも前膝を伸ばそうとするとそれに連動して重心位置が前足から離れてしまう。その相反する葛藤を両立させるフォームをどうすれば確立できるか。これはひと昔前のオリンピック公式艇であったイムコでも、また今は影も薄いフォーミュラでも、上りが勝敗の決め手になった競技ウインドサーフィンにおいての必須課題で、私自身、人よりもより角度良く、より早いスピードで上るために日々悩み、練習を重ねた課題でもありました。(上のクローズフォームでは説明しやすくわざと大袈裟に膝を曲げていますが、個人的に普段上る時はもっと膝は伸びています)