セイル理論

QR.Sさんからの質問

最近のレース系セイル(NEIL Z1以降)はツイストが大きくなり、ドラフトが浅くなってきたと思います。ここで疑問なのですが、あんなにリーチが開いてドラフトが浅くなったら、アンダーでスカスカしてしまうように思うのですが?また、最近はオーバーが効くようになったので、今までなら6.5で済んだところを7.5あたりにしなければいけないのでしょうか?それはリグの重さなどを考えると少し無理があるように思うのですが。/実は今回、手持ちの'99 NEIL V8 8.0の買い換えを考えています。非常に軽いので気にいってますが、微風時にもっと風を拾えるようにアンダーの強化をはかりたく、その場合やはり8.4あたりの少し大きめのサイズを選ばなければならないのでしょうか?

A03年5月号ハイウインドで、レーシングセイルに関するレポートと解説をしています。同内容の質問について解説しているので、まずはその抜粋をご覧ください。

 たとえばノーカムフリーライドセイルなら6.0m2がオーバーになる風で、レーシングセイルだと7.0m2あたりでちょうどいい。その差、約1.0m2。もっと大きなサイズになると、さらにその差は広がる。ノーカムの7.5がオーバーになっても、レーシングセイルの10.0は乗っていられる。それほどレーシングセイルはオーバーに強い。だからこそ12.5m2などという巨大なサイズも使える。
 しかし、ここで疑問が生じる。以下は読者からの質問。
「ドラフトが浅い上に、ツイストしたときにあんなにリーチが開いたら、アンダーのときにはセイルがスカスカしてしまうように思うのですが?」
「ノーカムの7.5をレーシングセイルに買い替えようと思うのだけど、その場合は9.0くらいを買わないと同じように(アンダーで)走れないの?」
 もっともな疑問だ。が、そこには解釈の誤りがある。
 ブームを境にして上下2分割で考えるとわかりやすい。ブーム下の2本のバテンが作るセクションは、手で引くのが困難なほど強力なダウンテンションと、さらに加えてボトムのベルトを締め付けることで、ノーカムセイルなどとは比較できないほどにドラフトが深く強固に保たれている。対してブーム上のセクションはドラフトが浅く、ルーズで波打つリーチが派手に開き、わずかな風の変化に反応して大きくツイスト(セイルがしなる)してゆく。
 現代のセイルは、この上下に2分割されたセクションが、それぞれに役割分担している。特にレーシングセイルは、その分担がキッチリしている。
 下のセクションはローエンドパワーのエリアだ。ローエンドパワーとは、初速・加速性能のためのパワーで、アンダーでの走り出しやフルプレーニング中のセイルの安定=セイルトリムの簡単さを司る。そこのドラフトが深く強固だということは、他セイルと比較してもアンダーでバランスが取りやすく、走り出しが良く、フルプレーニング中にセイルを安定させやすい能力を持つということだ。
 上のセクションはハイエンドパワー、すなわちトップスピードやオーバー時の対応能力を司る。セイル面に添って風を素早く流せる浅いドラフトはスピードの元となる揚力を発生させやすく、ツイスト性能が高いほど(風に敏感に反応してセイルがしなってくれるほど)セイルトリムが楽で、またスピードに変換されずに余ったエネルギー(これがオーバーセイルの引き金になるのだが)を効率よくやり過ごしてくれる。
 質問に戻ろう。役割分担がキッチリと行われるレーシングセイルでは、リーチが開きすぎるからアンダーでスカスカするという論理は成り立たない。ブーム下のセクションがリーチが開く分までしっかりと風を受け止めてローエンドパワーを発揮するように作られているから、他のセイルのようなスカスカ現象は起こらない。
 すなわち、アンダーは他のセイルと変わらず、オーバーに滅法強いのがレーシングセイルなのだ。それは言い換えるなら、使用風域が他セイルと比較にならないほど広いということ。冒頭に書いた「ノーカムフリーライドセイルなら6.0m2のところでレーシングセイルなら7.0m2」というのは、6.0と同じように走り出すためには7.0が必要、ということではなく、「7.0なら6.0よりサイズが大きい分だけアンダーで走り出せて、しかもノーカム6.0m2がダメなオーバーセイルでも7.0m2で乗り続けられる」ということなのである。

要約すると、ツイストが大きいとか、ドラフトが浅いというのは、アンダーに関してさほど影響を及ぼさないということです。もしそれでも「やっぱり新しいセイルほど(同サイズで)アンダーが走らない気がする」としたなら、それはセイルがより軽く使えるようになったせいでしょう。ここで言う「軽い」とは、手応えが軽くなったという意味で、手応えが軽いからアンダーが走りにくいと感じてしまう、ということ。しかし実際には、手応えと加速パワーはまったく違うエネルギーなのです。

もし手応えが欲しいなら、アウトテンションを少し弛めるというチューニングで簡単に手にすることができます。アウトを緩めればバックハンドパワーが強くなり、すなわち後ろの手への手応えが重くなるために「パワフルでアンダーが走り出しやすく」感じるはず。現在のセイルは、ダウンテンションはほとんど変えず、こうしてアウトテンションでアンダーorオーバー対応にチューニングするデザインなのです。

最後に、8.0の買い換えを考えるとき、無理に大きなサイズに買い替える必要はありません。最新の8.0は昔の8.0よりも加速性能が良く、さらにオーバーにも強いので同サイズで何等問題ありません。ただし、もしもっとアンダーで、と思うなら、少し大きめサイズを手に入れるのは良いアイデアでしょう。たぶん新しい8.4は古い8.0とリグ重量的に大差なく、しかもオーバーは安心で、アンダーはグンと良くなるのですから、それを選ばない手はありません。

尚、ここに解説した内容はレーシングセイルだけに限ったことではなく、ノーカムセイルもまたノーカムなりに同じ進化を遂げて使用風域を広く拡大しています。